平成14年10月15日 集民208.157

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【項目】

①賃貸借契約の締結についての住民監査請求期間の始期

②賃貸借契約の締結の日から1年を経過して住民監査請求がされたことについて地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるとはいえないとされた事例

③契約に基づく債務の履行を求める代位請求住民訴訟及び同債務の履行遅滞に基づく遅延損害金の支払を求める代位請求住民訴訟の適否

【要旨】

① 賃貸借契約の締結を対象とする住民監査請求においては,契約締結の日を基準として地方自治法242条2項本文の規定を適用すべきである

② 市有地の賃貸借契約の締結について住民監査請求がされた場合において,その締結に至る事実経過が逐一新聞報道され,同監査請求の請求人が,その入手した市の内部資料により上記契約における権利金及び賃料の算定根拠を知ることができ,これに基づいて自ら不動産鑑定士として監査請求の64日前に上記権利金及び賃料が適正な額より低いとする旨の意見書を作成したなど判示の事実関係の下においては,監査請求が上記契約の締結の日から1年を経過した後にされたことについて地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるとはいえない

③ 普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の締結した契約に基づく債務の履行をその相手方に対して求める代位請求住民訴訟は,地方自治法242条の2第1項4号(平成14年改正前)所定のいずれの請求にも当たらない不適法な訴えであるが,同債務の履行遅滞に基づく遅延損害金の支払を上記相手方に対して求める代位請求住民訴訟は,同項4号所定の怠る事実に係る相手方に対する損害賠償の請求に当たる適法な訴えである

【事実関係】

本件は,自治体と被告企業等の間で締結した土地賃貸借契約が無効であるとして,住民が自治体に代位して,本件土地の賃貸借契約に基づき土地上の建物を所有し土地を占有等する各被告に,所有権に基づき,建物収去・土地明渡し等を求めるとともに,土地の無権原占有を理由とする不法行為等に基づく,上記各被告及び首長への賠償請求等を求めるもの及び市の土地賃貸借契約条項にある借地権第三者譲渡の際の承諾料支払を求めるもの。原審は,下記③の承諾料及び遅延損害金請求については請求を棄却し,その他の部分については,監査請求期間徒過,正当理由不在により訴えを却下。時系列としては

① 市は,X年7月1日,関係被告等との間で,本件土地の賃貸借契約を締結し,土地を引き渡し、10月31日,本件土地について,関係被告等間の持分を各2分の1とする賃借権設定登記がされた

② 原告は、X+1年11月10日頃、市の内部資料を入手し、土地賃貸について不正を疑わせる情報に接した。そして同17日、原告は不動産鑑定士として意見書を作成し、本件賃貸借に係る権利金、賃料が適正価額より低いと結論付けた

③ 関係被告等は,X+2元年2月ころ,本件土地上に建物を建築した。関係被告の被相続人は,同年3月7日,本件建物の区分所有権を他の関係被告に譲渡,また本件土地の賃借権持分を関係被告に譲渡し,同年4月7日,賃借権移転の付記登記がされた。なお土地賃貸借契約には,借地権を第三者譲渡するときは,市は借地権譲渡人から承諾料を徴収する条項があったが,市は,上記土地賃借権の譲渡につき,一定の判断のもと,承諾料を徴収していなかった

④ 原告は,X+2年1月20日,市監査委員に対し,市長が本件賃貸借契約を締結したことにつき違法があると主張して,その是正と損害補てんのために必要な措置を求める監査請求をした

【関連判例】

(監査請求期間の原則)

昭和53年06月23日 集民124.145 (真正怠る事実の監査請求期間(制限なし))

昭和62年02月20日 民集41.1.122 (不真正怠る事実の監査請求期間の原則)

平成07年02月21日 集民174.285 (概算払の監査請求期間)

平成09年01月28日 民集51.1.287 (昭和62年判例の例外:請求権が抽象的な場合の起算点)

平成14年07月02日 民集56.6.1049 (真正怠る事実と不真正怠る事実の区分(談合入札))

平成14年07月16日 民集56.6.1339 (支出負担行為・支出命令・支出の請求期間始期)

平成14年07月18日 集民206.887 (平成14年07月02日と同様事案)

平成14年10月03日 民集56.8.1611 (職員の談合関与に係る真正怠る事実と不真正怠る事実)

平成19年04月24日 民集61.3.1153 (請求権を消滅させた職員への請求に対する監査請求期間)

(監査請求期間徒過の正当理由)

昭和63年04月22日 集民154.57 (正当な理由の原則的判断基準)

平成14年09月17日 集民207.111 (相当な注意力をもってする調査の事例)

平成17年12月15日 集民218.1151 (正当な理由を否定した事例)

平成18年06月01日 集民220.353 (正当な理由を否定した事例(新聞報道6か月後))

平成20年03月17日 集民227.551 (正当な理由を認めた事例(最終文書開示後1か月))

【判決文の抜粋】

 論旨は,本件監査請求の対象が本件賃貸借契約の締結であるとしてその締結の日を基準に(地方自治)法242条2項本文を適用すべきものとした原審の判断には,法令解釈の誤りがある旨をいう。同項本文にいう当該行為のあった日とは一時的行為のあった日を,当該行為の終わった日とは継続的行為についてその行為が終わった日を,それぞれ意味するものと解するのが相当である。前記事実関係によれば,本件監査請求においては,本件賃貸借契約の締結がその対象となる行為とされているところ,契約の締結行為は一時的行為であるから,これを対象とする監査請求においては契約締結の日を基準として同項本文の規定を適用すべき【要旨①】である。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 

第2 …法242条2項ただし書にいう正当な理由の解釈適用の誤りをいう部分について

1 普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為が秘密裡にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,法242条2項ただし書にいう正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁平成10年(行ツ)第69号,第70号同14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁最高裁平成13年(行ツ)第38号,同年(行ヒ)第36号同14年9月17日第三小法廷判決・裁判集(民事)207号111頁参照)。もっとも,当該普通地方公共団体の一般住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて上記の程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなくても,監査請求をした者が上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される場合には,上記正当な理由の有無は,そのように解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである。

2 原審の適法に確定した事実関係によれば,本件賃貸借契約の締結に至る事実経過については逐一新聞報道されていたというのであるから,本件賃貸借契約が締結されたこと自体については,これに近接する時点において,市の一般住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみてこれを知ることができたということができる。そして,記録によれば,① 本件監査請求の代理人である弁護士は,X+1年11月10日ころ,市の内部資料を入手したが,その中には,本件賃貸借契約において定められた権利金及び賃料の算定根拠に用いられた本件土地の更地価格が1㎡当たり57万4750円であることを示す資料のほかに,X年4月1日時点の本件土地の1㎡当たりの更地価格を71万5000円とする鑑定評価書,これを64万9000円とする鑑定評価書が含まれていたこと,② 上告人は,X+1年11月17日付けで自ら不動産鑑定士として本件賃貸借契約における権利金及び賃料の額の適否について意見書を作成したが,その内容は,上記の権利金及び賃料の算定根拠となった本件土地の1㎡当たりの更地価格57万4750円は,類似地域の公示価格により算定される契約時点における1㎡当たりの更地価格74万4000円と比べて20%程度低くなっており,権利金及び賃料を総合すると,対象不動産の価値に比して低いと考えると結論付けたものであることが認められる。そうすると,上告人は,市の内部資料により本件賃貸借契約における権利金及び賃料の算定根拠を知ることができたのであり,これに基づいて,遅くともX+1年11月17日ころまでには,上記権利金及び賃料が適正な額より低いとする旨の不動産鑑定士としての意見を明らかにすることができたのであるから,そのころには既に本件賃貸借契約の締結について直ちに監査請求をするに足りる程度にその内容を認識していたというべきである。このような上告人の認識に基づいて考えると,X+2年1月20日にされた本件監査請求は前記の相当な期間内にされたものということができず【要旨②】,本件監査請求に法242条2項ただし書にいう正当な理由があるということはできない。…

第3 職権による検討

 第1審…地方裁判所…第2号事件のうち被上告人B5に対する請求に係る部分は,上告人,原審控訴人E,同F,同G,同H及び同I(以下「上告人外5名」という。)が,亡Dが被上告人学園に対してした前記第1の2(2)の賃借権持分の譲渡(注:事実関係の欄③参照)につき,亡Dを相続した被上告人B5には本件賃貸借契約により承諾料…円の支払義務があると主張して,法242条の2第1項4号に基づくものとして,市に代位し,上記承諾料及びこれに対する遅延損害金の支払を請求した事件である。原審は,同請求に係る訴えを適法とした上で,その請求を棄却すべきものとした。しかしながら,上記請求のうち遅延損害金請求は同号所定の怠る事実に係る相手方に対する損害賠償の請求に該当するから,同請求に係る訴えは適法であるが,承諾料請求は,契約に基づき債務の履行を求めるものであり,同号所定のいずれの請求にも該当せず,他にこのような請求を許容する法律の定めはないから,同請求に係る訴えは不適法である【要旨③】。そうすると,原判決中,上記承諾料請求を棄却すべきものとした部分には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから,原判決中上記部分を破棄して,第1審判決中同部分を取り消し,上告人外5名の上記請求に係る訴えを却下すべきである。