平成14年07月02日 民集56.6.1049

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【項目】

実体法上の請求権の行使を怠る事実に係る住民監査請求について監査委員が監査を遂げるために特定の財務会計上の行為の違法を判断しなければならない関係にはない場合における住民監査請求期間

【要旨】

 実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象としてされた住民監査請求において,監査委員が当該怠る事実の監査を遂げるためには,特定の財務会計上の行為の存否,内容等について検討しなければならないとしても,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合には,当該監査請求に地方自治法242条2項の規定は適用されない

【事実関係】

談合入札による高値契約により,県が損害をこうむったとして,住民が2年以上前に締結の契約を対象に監査請求をした

【関連判例】

(監査請求期間の原則)

昭和53年06月23日 集民124.145 (真正怠る事実の監査請求期間(制限なし))

昭和62年02月20日 民集41.1.122 (不真正怠る事実の監査請求期間の原則)

平成07年02月21日 集民174.285 (概算払の監査請求期間)

平成09年01月28日 民集51.1.287 (昭和62年判例の例外:請求権が抽象的な場合の起算点)

平成14年07月16日 民集56.6.1339 (支出負担行為・支出命令・支出の請求期間始期)

平成14年07月18日 集民206.887 (平成14年07月02日と同様事案)

平成14年10月03日 民集56.8.1611 (職員の談合関与に係る真正怠る事実と不真正怠る事実)

平成14年10月15日 集民208.157 (賃貸借契約の監査請求期間の始期)

平成19年04月24日 民集61.3.1153 (請求権を消滅させた職員への請求に対する監査請求期間)

【判決文の抜粋】

(1) 法242条1項は,普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の違法,不当な財務会計上の行為又は怠る事実につき監査請求をすることができるものと規定しているところ,本件規定は,上記の監査請求の対象事項のうち行為については,これがあった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができないものと規定している。これは,財務会計上の行為は,たとえそれが財務会計法規に違反して違法であるか,又は財務会計法規に照らして不当なものであるとしても,いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことは,法的安定性を損ない好ましくないことから,監査請求をすることができる期間を行為が完了した日から1年間に限ることとするものである。これに対し,上記の対象事項のうち怠る事実についてはこのような期間制限は規定されておらず,住民は怠る事実が現に存する限りいつでも監査請求をすることができるものと解される。これは,本件規定が,継続的行為について,それが存続する限りは監査請求期間を制限しないこととしているのと同様に,怠る事実が存在する限りはこれを制限しないこととするものと解される。

 しかしながら,いかなる場合にも上記の原則を貫かなければならないと解すべきものではなく,本件規定の法意に照らして,その例外を認めるべき場合もあると考えられる。すなわち,監査請求が実質的には財務会計上の行為を違法,不当と主張してその是正等を求める趣旨のものにほかならないと解されるにもかかわらず,請求人において怠る事実を対象として監査請求をする形式を採りさえすれば,上記の期間制限が及ばないことになるとすると,本件規定の趣旨を没却することになるものといわざるを得ない。そして,監査請求の対象として何を取り上げるかは,基本的には請求をする住民の選択に係るものであるが,具体的な監査請求の対象は,当該監査請求において請求人が何を対象として取り上げたのかを,請求書の記載内容,添付書面等に照らして客観的,実質的に判断すべきものである。

 このような観点からすると,怠る事実を対象としてされた監査請求であっても,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象とするものである場合には,当該行為が違法とされて初めて当該請求権が発生するのであるから,監査委員は当該行為が違法であるか否かを判断しなければ当該怠る事実の監査を遂げることができないという関係にあり,これを客観的,実質的にみれば,当該行為を対象とする監査を求める趣旨を含むものとみざるを得ず,当該行為のあった日又は終わった日を基準として本件規定を適用すべきものである(前掲最高裁昭和62年2月20日第二小法廷判決参照)。しかし,怠る事実については監査請求期間の制限がないのが原則であり,上記のようにその制限が及ぶというべき場合はその例外に当たることにかんがみれば,監査委員が怠る事実の監査を遂げるためには,特定の財務会計上の行為の存否,内容等について検討しなければならないとしても,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合には,これをしなければならない関係にあった上記第二小法廷判決の場合と異なり,当該怠る事実を対象としてされた監査請求は,本件規定の趣旨を没却するものとはいえず,これに本件規定を適用すべきものではない

(2) 本件監査請求の対象事項は,県が被上告人らに対して有する損害賠償請求権の行使を怠る事実とされているところ,当該損害賠償請求権は,被上告人らが談合をした結果に基づいて被上告人B電機において県の実施した指名競争入札に応札して落札の上県と不当に高額の代金で請負契約を締結して県に損害を与える不法行為により発生したというのである。これによれば,本件監査請求を遂げるためには,監査委員は,県が同被上告人と請負契約を締結したことやその代金額が不当に高いものであったか否かを検討せざるを得ないのであるが,県の同契約締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったとされて初めて県の被上告人らに対する損害賠償請求権が発生するものではなく,被上告人らの談合,これに基づく被上告人B電機の入札及び県との契約締結が不法行為法上違法の評価を受けるものであること,これにより県に損害が発生したことなどを確定しさえすれば足りるのであるから,本件監査請求は県の契約締結を対象とする監査請求を含むものとみざるを得ないものではない。したがって,これを認めても,本件規定の趣旨が没却されるものではなく,本件監査請求には本件規定の適用がないものと解するのが相当である。前掲第二小法廷判決の示した法理は,本件に及ぶものではない。