昭和63年04月22日 集民154.57

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【項目】

地方自治法242条2項ただし書きにいう「正当な理由」の判断基準

【要旨】

①「正当な理由」がある場合に、監査請求期間を延長することとした地方自治法の趣旨

②「正当な理由」の有無は、住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断

③町の公金が秘密裡に用地買収の補償金として支出された場合において、その約4年半後に大見出しに「用地買収費 予算計上せず処理」と掲げ、「用地買収費の○万円が計上されていない事が明らかになり」などと記載した町の広報誌が全戸配布されたことにより右公金の支出がそのころまでには町の住民にとって明らかになったにもかかわらず、この時から4か月余を経過してはじめて右公金の支出について住民監査請求がされたときは、右住民監査請求が右公金の支出のあった日から一年を経過した後にされたことについて、地方自治法242条2項但書にいう正当な理由があるとはいえないとされた事例

④監査委員が適法な請求として監査を行っていた場合であっても、本来その請求が住民監査請求の要件を満たさない不適法なものであった場合は、後続する住民訴訟は不適法な訴えである

【事実関係】

一般住民や議会も知らない秘密裡の予算外支出がなされた。その4年後のX年6月27日、議員某が独自調査に基づきこれを突然議会で取り上げ質問し、首長は事実関係を説明しこれに陳謝、議会は百条委員会の設置を議決した。その経緯は新聞報道等されなかったが、X年10月中旬、上記質疑や百条委員会設置の件が、全戸配布された自治体の広報誌(議会だより)に掲載。請求人は議会だよりを見て真相の解明がされると期待していたが、広報紙配布の約3か月後X+1年2月6日の新聞報道ではじめて上記支出の概要を知り、その翌日、知人の議員から百条委員会の審議内容を聞き資料の提供を受け、請求人は広報誌配布の4か月後のX+1年3月8日に住民監査請求を行った。ちなみに請求人は、自治体の職員等の公職にはなく、自治体予算執行状況を一般住民に先立ち知り得る立場ではなかった。さらに、新聞報道前日のX+1年2月5日頃に至っても、前記X年6月27日議会の議事録は調製されていなかった。また百条委員会は住民に非公開で行われ、資料の公開複写も制限され、前記新聞報道の1か月余り後に報告書を提出した

【関係判例】

(監査請求期間徒過の正当理由)

平成14年09月17日 集民207.111 (相当な注意力をもってする調査の事例)

平成14年10月15日 集民208.157 (正当な理由を否定した事例(了知2か月後の請求))

平成17年12月15日 集民218.1151 (正当な理由を否定した事例)

平成18年06月01日 集民220.353 (正当な理由を否定した事例(新聞報道6か月後))

平成20年03月17日 集民227.551 (正当な理由を認めた事例(最終文書開示後1か月))

【判決文の抜粋】

 地方自治法…242条2項本文は、普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為は、たとえそれが違法・不当なものであったとしても、いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとして、監査請求の期間を定めた。しかし、当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ、1年を経過してからはじめて明らかになった場合等にも右の趣旨を貫くことが相当でないことはいうまでもない。そこで、同項但書は、「正当な理由」があるときは、例外として、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後であっても、普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるとした【要旨①】のである。したがって、右のように当該行為が秘密裡にされた場合、同項但書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべき【要旨②】ものといわなければならない。

 ○町の住民にとって、遅くとも「○町議会だより第○号」が配布されたX年10月中旬までには、町長である上告人○が…事業の用地買収の補償金として町の公金○円を違法又は不当に支出したことが明らかになった筈であり、被上告人ら○町の住民がこの時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって法242条2項但書にいう「正当な理由」の有無を判断すべきところ、被上告人は右の時から4か月余を経過したX+1年3月8日になってはじめて本件監査請求をしたのであるから、本件監査請求が本件支出のあった日から1年を経過した後にされたことについて同項但書にいう「正当な理由」があるということはできない。

 なお、町議会が法100条に基づく調査を行うため…特別委員会を設置し、同委員会が本件支出の調査を進めていたとしても、そのことは監査請求ないし住民訴訟の提起とはなんらかかわりがないから、被上告人が同委員会の調査の動向を見守っていた故をもって、本件監査請求について法242条2項但書にいう「正当な理由」があるということはできない。

 また、○町監査委員が本件監査請求について誤って法242条2項但書にいう「正当な理由」があるとしてこれを受理し、監査を行ったとしても、そのことによって、監査請求の期間を徒過した本件監査請求ひいては本件訴えが適法となるものではないことも当然である。

 以上によれば、本件訴えは、適法な監査請求を経ていないから、不適法な訴えとして、これを却下すべきものである。