平成18年06月01日 集民220.353

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【項目】

①権利能力なき社団の住民訴訟の当事者適格(明示的な争点ではない)

②外形からは実質的な内容を知ることができない公金の支出につきその支出の日から1年を経過して住民監査請求がされたことについて地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるとはいえないとされた事例

【要旨】

①権利能力なき社団による監査請求を経た住民訴訟について,特に当事者適格を問題とせず裁判を行っている

②市が,勧奨により退職した職員が市のあっせんにより再就職した場合には再就職先での給与額を一定の期間退職時の給与月額と同額とする旨の内部基準に基づき,退職した職員の再就職先の団体に対し給与の差額分を業務委託費の名目で支出したが,支出の外形からは市の一般住民においてその実質的な内容を知ることができない場合において,地方有力紙が上記基準の内容とそれに基づく支出が市議会議員らから問題視されている状況を報道し,記事の中で既に上記基準により上記支出の年度に再就職した職員がいたことに触れていたにもかかわらず,上記報道の約6か月後に上記支出について住民監査請求がされたなど判示の事実関係の下では,同住民監査請求が上記支出の日から1年を経過した後にされたことについて,地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるとはいえない

【事実関係】

① 市の職員が勧奨により退職した場合の処遇等についての内部基準として「○市勧奨等退職職員の再就職の斡旋に関する要領」…(本件要領等)を定めており,市職員が60歳定年前に勧奨により退職して市のあっせんにより再就職した場合,再就職先での給与額は,60歳までの間,退職時の給与月額(諸手当を除いた分)と同額とすることとされていた

② 市の部長職にあった59歳の本件職員は,勧奨により退職し,同年5月1日,○協会(市の外郭団体)の常務理事に就任した。市は,本件職員が○協会から本件要領等に定める給与額の支払を受けることを可能とするため,以下の経緯で,人件費の差額分を○協会に支出した

 ・ ○協会は,X年度の…管理運営業務の費用について,X年4月1日,1億1408万2500円とする見積書を市長に提出したが,同月30日,上記金額を457万3800円増額して,1億1865万6300円と改める見積書を市長に提出した

 ・ 市と○協会とは,同年4月1日,上記の業務に関する業務委託契約を締結し,その後,市の年度の予算が議決されたことなどに伴って契約を更改し,同年6月30日,契約金額を1億1865万6300円とする契約を締結した

 ・ 市は,○協会に対し,上記の契約に基づき,同年9月24日までに,合計1億1865万6300円を支払った(上記増額分…「本件支出」)

③ X+1年4月28日、地元有力紙が「○市勧奨退職職員」,「あっ旋再就職先で退職時給与100%保証」,「議会承認受けず制度化」,「市議反発」及び「補正予算通るか微妙」との見出しの下に,記事を大きく掲載した。その内容は

 ・ 市においては,勧奨に応じて退職する職員の再就職を市の外郭団体にあっせんする場合,市が退職時の給与月額を再就職先の団体で60歳まで完全に保証する制度を実施していることが同月27日までに明らかになったが,同制度は市議会の承認を受けておらず,市議らの間には,公務員だけ優遇される天下りシステムは市民感情から認め難いとの反発があり,X+1年度の補正予算であっせんした職員の人件費分を外郭団体に補助することができるか微妙な状態にある

 ・ 給与の全額が保証されて再就職した職員はX年度が1名,X+1年度が3名であったが,これらの職員は,退職時はいずれも部長級で,再就職先の外郭団体は,X年度が○協会,X+1年度が◎協会等3団体であり,再就職者はいずれも再就職先で事務局長職に就いている

 ・ 市の内規では,55歳から59歳の職員が勧奨退職に応じた場合,退職金が割増しとなり,その再就職先のあっせんについては,市が作成した要領では再就職者の給与等の勤務条件は再就職先である団体の規定によるものとされているが,再就職先の団体が人件費を負担しなくてもすむよう運営費補助を行うとの条件で,団体の給与規定を改めさせている

 ・ 市の人事部は,この制度が活用されれば勧奨退職に応じる者が増加し後進に譲るポストが増える,部長が団体に再雇用されることで管理職手当等が少なくなり人件費削減につながるなどと説明しているが,市議らからは,市が外郭団体の支給する給与を指図することは越権である,市が退職者の人件費を決めて支出することができる根拠法令はなく,ヤミ給与を支払うに等しいなどと反発する声が出ている

 ・ 市はX+1年度の再就職者3名分の人件費補助のため6月に補正予算を組む予定であるが,反発が必至で補正されない公算が大きい

 ・ 再就職先の団体関係者は,団体には高額の給与を再就職者に支払う余裕はないが,市がその職員の給与を100%支払うことを約束したから給与規定の改定に応じた,約束したことは必ず守ってもらうなどと述べている

④ 同日発行の全国紙にも,市が外郭団体に天下りさせた勧奨退職者の給与を補てんし,在職時の本俸分を保証することを問題とする趣旨の記事が掲載されたが,本件職員を指していると思われる記述はなく,市による再就職者の給与の補てんが開始されたのはX+1年度からであるかのような記載がされている

⑤ 原告は,市監査委員に対し,本件支出並びにその原因となった支出負担行為及び支出命令から1年を経過した後であるX+1年10月27日,これらの財務会計上の行為について監査請求をした

【関係判例】

(監査請求期間徒過の正当理由)

昭和63年04月22日 集民154.57 (正当な理由の原則的判断基準)

平成14年09月17日 集民207.111 (相当な注意力をもってする調査の事例)

平成14年10月15日 集民208.157 (正当な理由を否定した事例(了知2か月後の請求))

平成17年12月15日 集民218.1151 (正当な理由を否定した事例)

平成20年03月17日 集民227.551 (正当な理由を認めた事例(最終文書開示後1か月))

【判決文の抜粋】

 普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,当該普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである(最高裁平成10年(行ツ)第69号,第70号同14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。

 前記事実関係等によれば,本件支出は,…管理運営業務の費用の名目でされたものであり,その外形からは,市の一般住民においてその実質的な内容を知ることはできない。しかしながら,X+1年4月28日付けの○○新聞は,前記2(3)のとおり,市は職員が勧奨に応じて市の外郭団体に再就職した場合には退職時の給与月額を保証する制度を実施し,当該外郭団体に対し再就職した者の人件費の差額を補助していること,この制度によりX年度において○協会に再就職した者がいることを報道していたところ,同新聞は…県の有力紙であるから,この報道は市の一般住民において容易に閲読することができたものであることを勘案すると,当該報道がされた日ころには,市の一般住民において相当の注意力をもって調査すれば客観的に見て監査請求をするに足りる程度にその対象とする財務会計上の行為の存在及び内容を知ることができたというべきである。ところが,本件監査請求は,そのころから約6か月後である同年10月27日にされたというのであるから,上告人が上記の相当な期間内に監査請求をしたものということはできないことは明らかである。したがって,本件監査請求に地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由があるということはできないと解すべきである。

 上記の報道と同時期に同旨の報道をした全国紙があったが,その内容の一部に誤りがあったという事情や,市の担当職員が市議会において本件支出が本件要領等に基づき支払われる人件費の差額分に相当する旨の具体的な説明をしたのが同年9月8日であったという事情などがあったとしても,前記の判断が左右されるものではない。