平成14年09月12日 民集56.7.1481

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【項目】

自治体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて住民監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができなかった場合における地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由の有無の判断基準

【要旨】

自治体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて住民監査請求をするに足りる程度に財務会計上の行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,当該自治体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきである

【事実関係】

次の公金が,担当室長に支出され,室長は支出金アはX年7月30日までに,支出金イはX年11月30日までに,支出金ウはX+1年3月31日までに第三者に支払った。支払についての使途は領収書や出納簿で明らかにされていた。

支出金ア X年4月ないしX年7月分120万円

 ① 支出決定日 X年5月10日

 ② 支出命令日 X月11日

 ③ 支出日   X月23日

支出金イ X年8月ないしX年11月分100万円

 ① 支出決定日 X年7月25日

 ② 支出命令日 X年8月9日

 ③ 支出日   X月10日

支出金ウ X年12月ないしX+1年3月分120万円

 ① 支出決定日 X年12月6日

 ② 支出命令日 同月8日

 ③ 支出日   同月14日

この支出について,X+1年12月12・13日に複数の新聞で不明朗支出を指摘する報道があり,原告は,X+2年3月7日監査請求した

原審は,支出金ア,イの監査請求を監査期限徒過,正当理由不在により不適法,支出金ウの監査請求は第三者への支払完了日X+1年3月31日から1年以内の監査請求につき適法と判断した

【関係判例】

(監査請求期間徒過の正当理由)

昭和63年04月22日 集民154.57 (正当な理由の原則的判断基準)

平成14年09月17日 集民207.111 (相当な注意力をもってする調査の事例)

平成14年10月15日 集民208.157 (正当な理由を否定した事例(了知2か月後の請求))

平成17年12月15日 集民218.1151 (正当な理由を否定した事例)

平成18年06月01日 集民220.353 (正当な理由を否定した事例(新聞報道6か月後))

平成20年03月17日 集民227.551 (正当な理由を認めた事例(最終文書開示後1か月))

【判決文の抜粋】

第1 …

3 原審は,支出金ウに関する損害賠償請求の訴えにつき,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,これを適法とし…

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 法242条2項本文は,財務会計上の行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができない旨を定めるところ,上記行為のあった日とは一時的行為のあった日を,上記行為の終わった日とは継続的行為についてその行為が終わった日を,それぞれ意味するものと解するのが相当であり,当該行為が外部に対して認識可能となるか否かは,同項本文所定の監査請求期間の起算日の決定に何ら影響を及ぼさないというべきである。

 前記事実関係によれば,本件監査請求において,支出金ウに関しては,前記…の支出決定,支出命令及び支出(以下「ウの各財務会計行為」という。)が監査請求の対象となる財務会計上の行為とされていたところ,これらはいずれも一時的行為である。したがって,ウの各財務会計行為を対象とする監査請求においては各行為のあった日を基準として同項本文の規定を適用すべきである。

 そうすると,これらを対象とする監査請求は,本件監査請求のあったX+2年3月7日に初めてされたとしても,あるいは第1審原告らが主張するように同年2月17日にされたとしても,ウの各財務会計行為のあった日から同項本文所定の1年の監査請求期間を経過した後にされたものというべきである。

第2 …

1 原審は,支出金ア及び支出金イに関する損害賠償請求の訴えにつき,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,これを不適法として却下すべきものとした。…

2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 前記事実関係によれば,本件監査請求において,支出金ア及び支出金イに関しては,前記…の支出決定,支出命令及び支出が監査請求の対象となる財務会計上の行為とされていたところ,上記各行為を対象とする監査請求は上記各行為のあった日を基準として法242条2項本文の規定を適用すべきである。そして,これらを対象とする監査請求は,平成2年3月7日に初めてされたとしても,あるいは同年2月17日にされたとしても,上記各行為のあった日から1年を経過した後にされたものであるから,同項ただし書にいう正当な理由の有無を検討すべきこととなる。

(2) 法242条2項本文は,普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為は,たとえそれが違法,不当なものであったとしても,いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとしておくことが法的安定性を損ない好ましくないとして,監査請求の期間を定めている。しかし,当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ,1年を経過してから初めて明らかになった場合等にもその趣旨を貫くのが相当でないことから,同項ただし書は,「正当な理由」があるときは,例外として,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても,普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるようにしているのである。したがって,上記のように当該行為が秘密裡にされた場合には,同項ただし書にいう「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁昭和62年(行ツ)第76号同63年4月22日第二小法廷判決・裁判集民事154号57頁参照)。そして,このことは,当該行為が秘密裡にされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合にも同様であると解すべきである。したがって,そのような場合には,上記正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである。

(3) 前記事実関係によれば,支出金ア及び支出金イに係る各支出は,支出決定書及び支出命令書において種別,科目及び支出理由を明らかにしてされたものではあるが,その具体的な使途については,(担当室長)が持っていた領収書と○○会計規則に準じて作成した金銭出納帳に記載されていたというのである。

 そして,記録によれば,① X+1年12月12日,F新聞及びG新聞は,同月11日開催の市議会普通決算特別委員会において,X年度中に報償費名目で(担当)室長あてに3回に分けてされた計340万円の各支出は領収書等がなく使途を明らかにしないまま行われた不明朗な支出である旨が指摘された事実を報道したこと,② 同月13日,E新聞は,同月12日開催の市議会厚生委員会において,市のX年度決算の中に報償費名目で(担当)室長あてにされた計340万円の各支出は領収書等がないまま行われた不明朗な支出である旨が指摘された事実を報道したことが明らかである。

 そうすると,遅くともX+1年12月13日ころには,市の一般住民において相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件各財務会計行為の存在及び内容を知ることができたというべきであり,第1審原告らが同日ころから相当な期間内に監査請求をしなかった場合には,法242条2項ただし書にいう正当な理由がないものというべきである。

 本件各財務会計行為についての上記各新聞報道に基づき,監査請求の対象を特定してその違法事由を監査請求書に摘示することは,十分可能であったところ,記録によれば,本件監査請求に関し,第1審AについてはX+2年1月20日付けで,その余の第1審原告らについては同年2月17日付けで,それぞれ自己名義の監査請求書が作成され,同日付けで第1審原告ら代理人名義の事実調査報告書が作成されていることが明らかであるから,第1審原告らがこれらの文書を作成していたにもかかわらず,本件監査請求のあった同年3月7日に初めて監査請求をしたものであるとすれば,上記の相当な期間内に監査請求をしたものということはできない。

 しかし,第1審原告らの主張するところによると,第1審原告らは,同年2月17日に上記各監査請求書及び事実調査報告書を提出しようとしたが,受理されなかったために,同年3月7日に配達証明付き書留郵便でこれらの書類を送付して本件監査請求をしたというのである。仮にそのような事実があるとすれば,X+1年12月13日を基準とする限り,相当な期間内に監査請求がされたものということができる。