平成14年10月03日 民集56.8.1611

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【項目】

①財務会計上の行為の準備行為が違法であることに基づいて発生する損害賠償請求権の行使を怠る事実に係る住民監査請求と地方自治法242条2項の適用

②財務会計上の行為の補助行為が違法であることに基づいて発生する損害賠償請求権の行使を怠る事実に係る住民監査請求と地方自治法242条2項の適用

【要旨】

①財務会計職員が行った財務会計上の行為の準備行為が違法であることに基づいて発生する当該職員に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象としてされた住民監査請求については,上記違法が財務会計上の行為の違法を構成する関係にある場合には,財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として地方自治法242条2項の規定が適用される

②財務会計職員の補助職員が行った財務会計上の行為の補助行為が違法であることに基づいて発生する当該補助職員に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象としてされた住民監査請求については,上記違法が財務会計上の行為の違法を構成する関係にある場合には,財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として地方自治法242条2項の規定が適用される

【事実関係】

本訴訟は,県が発注した公共施設建設工事の増額変更契約を行い,この金額を支払ったことについて,共同企業体各企業に対しては,本変更契約は,元来の請負契約では認められないJV赤字補填のため,工事単価水増し等がなされており,違法無効な変更契約で不当利得を得たことについて,知事,建築部担当副知事,建築部・総務部の幹部職員等に対しては,被告県議の働きかけにより,これが違法無効の契約と知り,または知ることができたのに,追加変更予算を作成し,議会に事実を隠蔽して予算を成立させ,違法に増額分の公金を支出したことは,県への共同不法行為であるとして,損害賠償を求めるもの。監査請求は,増額契約額の支払時から起算しても2年6か月を経過しており,また変更契約自体は議会の議案に提出され,直後に報道がなされた。ただし,監査請求の4か月余り前から2週間にわたり,本契約の不正をうかがわせる一連の新聞報道があったが,原審は,財務会計行為終了から2年半を経過しており,監査請求期間経過後に疑惑を知り得た本件のような場合,疑惑を覚知後すみやかに監査請求すべきところ,一連の報道で疑惑を知り得た最初の時点から4か月余,疑惑が客観化した時点から起算しても3か月半後に監査請求をしたのは地方自治法242条2項の正当な理由がないとして,訴えを却下

【関連判例】

(監査請求期間の原則)

昭和53年06月23日 集民124.145 (真正怠る事実の監査請求期間(制限なし))

昭和62年02月20日 民集41.1.122 (不真正怠る事実の監査請求期間の原則)

平成07年02月21日 集民174.285 (概算払の監査請求期間)

平成09年01月28日 民集51.1.287 (昭和62年判例の例外:請求権が抽象的な場合の起算点)

平成14年07月02日 民集56.6.1049 (真正怠る事実と不真正怠る事実の区分(談合入札))

平成14年07月16日 民集56.6.1339 (支出負担行為・支出命令・支出の請求期間始期)

平成14年07月18日 集民206.887 (平成14年07月02日と同様事案)

平成14年10月15日 集民208.157 (賃貸借契約の監査請求期間の始期)

平成19年04月24日 民集61.3.1153 (請求権を消滅させた職員への請求に対する監査請求期間)

【判決文の抜粋】

(1) 本件規定(地方自治法242条2項本文)は,監査請求の対象事項のうち財務会計上の行為については,当該行為があった日又は終わった日から1年を経過したときは監査請求をすることができないものと規定しているが,上記の対象事項のうち法242条1項にいう怠る事実については,このような期間制限は規定されておらず,怠る事実が存在する限りはこれを制限しないこととするものと解される。もっとも,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象として監査請求がされた場合には,これについて上記の期間制限が及ばないとすれば,本件規定の趣旨を没却することとなる。したがって,このような場合には,当該行為のあった日又は終わった日を基準として本件規定を適用すべきものである(前掲第二小法廷判決参照(注:昭和62年02月20日 民集41.1.122))。しかし,怠る事実については監査請求期間の制限がないのが原則であることにかんがみれば,監査委員が怠る事実の監査をするに当たり,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にない場合には,当該怠る事実を対象としてされた監査請求に上記の期間制限が及ばないものとすべきであり,そのように解しても,本件規定の趣旨を没却することにはならない(最高裁平成10年(行ヒ)第51号同14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。

(2) 記録によれば,本件監査請求は,県建築部及び総務部の幹部が,被上告会社9社の要請を受け,本件工事に関し,単価の水増し等の操作により設計変更予算案を違法に作成し,県議会に対してその事実を隠ぺいしたため,増額変更予算の執行議案が原案どおり可決承認され,29億円余を不当に追加する本件変更契約が締結されたとして,財務会計職員その他の職員等による本件変更契約の締結その他これにかかわる行為等を対象としているが,そのほか,被上告会社9社が,県に対し,本件工事に関し不当に水増し請求をするなどし,県に本来支払う義務のない工事代金29億円余を余分に支払わせたとし,県は,被上告会社9社に対しこの不法行為により受けた損害である上記金員相当額を賠償させるべきであるのに,当該請求権の行使を怠っているという事実を対象に含んでいることが明らかである。本件監査請求中上記怠る事実について監査を遂げるためには,監査委員は,被上告会社9社について上記行為が認められ,それが不法行為法上違法の評価を受けるものであるかどうか,これにより県に損害が発生したといえるかどうかなどを確定しさえすれば足りる。本件監査請求には,財務会計職員その他の職員が被上告会社9社の要請を受けて本件変更契約の締結その他これにかかわる行為を行ったなどとする部分が含まれているが,このことによって上述したことは左右されない。県の被上告会社9社に対する損害賠償請求権は,本件変更契約が違法,無効であるからこそ発生するものではない。したがって,上記監査請求について本件規定の適用がないものと認めても,本件規定の趣旨が没却されるものではなく,監査請求期間の制限が及ばないものと解するのが相当である。 そうすると,本件監査請求中,本件工事に関し,前記不法行為により,県に本来支払う義務のない工事代金を余分に支払わせた被上告会社9社に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とする部分は,監査請求期間を徒過した不適法なものということはできない。

第2 職権による検討

1 被上告人B10(注:副知事)に対する請求

(1) 「当該職員」に対するものとしてされた損害賠償請求

 記録によれば,被上告人B10は,本件変更契約締結当時副知事であったところ,本件変更契約締結につき法令上本来的権限を有する知事から委任を受け,又は専決する権限を付与されていたものと認めることはできない。したがって,本件訴えのうち上告人らの被上告人B10に対する上記請求に係る部分は,不適法として却下すべきである…。

(2) 怠る事実に係る相手方に対するものとしてされた損害賠償請求

 記録によれば,本件監査請求は,本件工事に関し,被上告人B10が,被上告会社9社による前記不法行為に違法に荷担したとし,県が被上告人B10に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠っているという事実を対象に含むものということができる。本件監査請求中上記怠る事実について監査を遂げるためには,監査委員は,被上告人B10について上記行為が認められ,それが不法行為法上違法の評価を受けるものであるかどうか,これにより県に損害が発生したといえるかどうかなどを確定しさえすれば足りる。県の被上告人B10に対する損害賠償請求権は,本件変更契約が違法,無効であるからこそ発生するものではない。したがって,上記監査請求については本件規定による監査請求期間の制限が及ばないものと解するのが相当である。 そうすると,本件監査請求中被上告人B10に対する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とする部分は,監査請求期間を徒過した不適法なものということはできない…。

3 被告人B15(注:前建築部長)に対する請求

(1) 「当該職員」に対するものとしてされた損害賠償請求 記録によれば,被上告人B15は,本件変更契約締結前の…から…まで県建築部長であったところ,…の本件変更契約締結の時点では既に同部長の職にはなく,本件変更契約につき,その時点で,法令上本来的権限を有する知事から委任を受け,又は専決する権限を付与されていたものと認めることはできない。したがって,本件訴えのうち上告人らの被上告人B15に対する上記請求に関する部分は,不適法として却下すべきである…。

(2) 怠る事実に係る相手方に対するものとしてされた損害賠償請求

 記録によれば,本件監査請求は,本件工事に関し,被上告人B15が,X年2月ころ,本件変更契約につき専決権限を有する県建築部長として単価の水増し等の操作による違法な設計変更予算案の作成等の本件変更契約締結の準備行為をし,その結果,同年7月,29億円余を不当に追加する本件変更契約が締結されたとして,県が被上告人B15に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠っているという事実を対象に含むものということができる。特定の財務会計上の行為が行われた場合において,これにつき権限を有する職員又はその前任者が行ったその準備行為は,財務会計上の行為と一体としてとらえられるべきものであり,準備行為の違法が財務会計上の行為の違法を構成する関係にあるときは,準備行為が違法であるとし,これに基づいて発生する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象としてされた監査請求は,実質的には財務会計上の行為を違法と主張してその是正を求める趣旨のものにほかならないと解される。したがって,上記のような監査請求が本件規定の定める監査請求期間の制限を受けないとすれば,法が本件規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるといわざるを得ないから,上記監査請求には当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として本件規定を適用すべき【要旨①】である。 上記事実によれば,被上告人B15は,本件変更契約締結当時の県建築部長の前任者と認められるところ,本件監査請求において被上告人B15のした本件変更契約締結の準備行為で違法とされているものは,本件変更契約の違法を構成する関係にあるから,本件監査請求中,上記準備行為の違法を理由とする損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とする部分については,本件変更契約の締結日を基準として本件規定を適用すべきである。…

4 被上告人B16(注:建築部技監),同B17(注:建築部営繕課長),同B12(注:総務部次長)及び同B18(注:建築部建設専門監)に対する請求

(1) 記録によれば,本件監査請求は,本件工事に関し,同被上告人らが,X年2月ころ,単価の水増し等の操作による違法な設計変更予算案の作成等の本件変更契約締結の補助行為をし,その結果,同年7月,29億円余を不当に追加する本件変更契約が締結されたとして,県が同被上告人らに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠っているという事実を対象に含むものであるところ,同年2月当時,被上告人B16は県建築部技監,同B17は県建築部営繕課長,同B12は県総務部次長,同B18は県建築部建設専門監であり,いずれも本件変更契約締結の権限を有する財務会計職員ではなかったことが認められる。特定の財務会計上の行為が行われた場合において,これにつき権限を有する職員を補助する職員が行ったその補助行為は,財務会計上の行為と一体としてとらえられるべきものであり,補助行為の違法が財務会計上の行為の違法を構成する関係にあるときは,補助行為が違法であるとし,これに基づいて発生する損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象としてされた監査請求は,実質的には財務会計上の行為を違法と主張してその是正を求める趣旨のものにほかならないと解される。したがって,上記のような監査請求が本件規定の定める監査請求期間の制限を受けないとすれば,法が本件規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるといわざるを得ないから,上記監査請求には当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日を基準として本件規定を適用すべき【要旨②】である。

(2) 上記事実によれば,被上告人B16,同B17及び同B18は,県建築部長を補助する職員と認められるところ,本件監査請求において上記3名のした本件変更契約締結に関する事務の補助行為で違法とされているものは,本件変更契約の違法を構成する関係にあるから,本件監査請求中,上記補助行為の違法を理由とする損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とする部分については,本件変更契約の締結日を基準として本件規定を適用すべきである。…

(3) これに対し,被上告人B12は,職制上,県建築部長を補助する職員ではなく,その行為が本件変更契約締結に関する事務を補助する行為に当たると認めるべき特段の事情もいまだ確定されていないから,本件監査請求中,被上告人B12の行為の違法を理由とする損害賠償請求権の行使を怠る事実を対象とする部分については,本件規定は直ちには適用されないものというべきである。そうすると,上記監査請求は,前記1(2)と同様に,監査請求期間を徒過した不適法なものと断ずることはできず,これと異なる判断の下に,本件訴えのうち被上告人B12に対する請求に関する部分を不適法として却下すべきものとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,同部分につき原判決は破棄を免れない。…