平成25年03月21日 民集67.3.375

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【項目】

締結した支出負担行為たる契約が違法であっても私法上無効ではない場合において当該契約に基づく債務の履行としてされた支出命令の適法性

【要旨】

自治体が締結した支出負担行為たる契約が違法に締結されたものであっても私法上無効ではない場合には,当該契約に基づく債務の履行として支出命令を行う権限を有する職員が当該契約の是正を行う職務上の権限を有していても,当該職員が上記債務の履行として行う支出命令は,次の(1)又は(2)のときでない限り,違法な契約に基づいて支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務に違反する違法なものとなることはない

(1) 当該自治体が当該契約の取消権又は解除権を有しているとき

(2) 当該契約が著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存し,かつ,当該自治体が当該契約の相手方に事実上の働きかけを真しに行えば相手方において当該契約の解消に応ずる蓋然性が大きかったというような,客観的にみて当該自治体が当該契約を解消することができる特殊な事情があるとき

【事実関係】

① 本件集会所は,町有地に建設した建物であり,B協議会によりその事務所として無償で使用されていた

② 本件集会所は,県道拡幅工事に伴い取り壊されることとなり,本件集会所内のB協議会事務所(本件事務所)も移転を要することとなった。町は,B協議会から本件事務所の移転補償費の支払を求められていたが,本件集会所の取壊しに伴い県から支払われる補償金でB協議会に対する移転補償費を支払うこととし,町とB協議会との間で,町がB協議会に対し本件事務所の移転補償費3000万円を含む合計3204万2400円の移転補償費を支払うことなどを約する本件移転補償契約を締結し,また,県との間で,町が県から本件集会所の移転補償費として5820万0700円の支払を受けることなどを約する契約を締結した

③ Aは,本件移転補償契約に基づき,本件事務所の移転補償費3000万円のうち2100万円についてはX年4月7日に,残額の900万円についてはX+1年3月13日に,それぞれ支出命令をした(後者の支出命令が「本件支出命令」)

④ B協議会は,X年8月まで本件事務所を使用していたが,それ以降は別の事務所を使用している。本件集会所は,X+1年1月に取り壊された

⑤ 原告のうち3名はX+1年8月25日に,その余の原告は同年11月6日に,それぞれ本件移転補償契約に基づく公金の支出等につき住民監査請求をした

⑥ 一審判決の判示事項によれば、原告は住民訴訟において、町長の支出命令の違法を問題として訴訟を提起したとしている

【関連判例】

(原因行為と財務会計行為等との関係)

昭和52年07月13日 民集31.4.533 (違法(憲法違反)な原因行為と財務会計行為の違法性)

昭和60年09月12日 集民145.357 (原因行為に違法性が認められなかった事例)

昭和62年05月19日 民集41.4.687 (違法に締結された随契の効力及び契約履行義務)

平成04年12月15日 民集46.9.2753 (違法な先行行為に基づく財務会計行為の違法性)

平成15年01月17日 民集57.1.1 (違法な旅行命令に対する旅費の支出)

平成20年01月18日 民集62.1.1 (土地先行取得委託契約と取得土地買取契約の関係)

平成21年12月17日 集民232.707 (土地先行取得委託契約と取得土地買取契約の関係)

【判決文の抜粋】

(1)  地方自治法242条の2第1項4号に定める普通地方公共団体の職員に対する損害賠償の請求は,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対して職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならないから,当該職員の財務会計上の行為を捉えて上記損害賠償の請求をすることができるのは,たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,その原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当である(最高裁昭和61年(行ツ)第133号平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁参照)。

 しかるところ,普通地方公共団体が締結した債務を負担する契約が違法に締結されたものであるとしても,それが私法上無効ではない場合には,当該普通地方公共団体はその相手方に対しそれに基づく債務を履行すべき義務を負うのであるから,その債務の履行としてされる財務会計上の行為を行う権限を有する職員は,当該普通地方公共団体において当該相手方に対する当該債務を解消することができるときでなければ,当該行為を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負うものではないと解される。そして,当該行為が支出負担行為たる契約に基づく債務の履行としてされる支出命令である場合においても,支出負担行為と支出命令は公金を支出するために行われる一連の行為ではあるが互いに独立した財務会計上の行為というべきものであるから(最高裁平成11年(行ヒ)第131号同14年7月16日第三小法廷判決・民集56巻6号1339頁参照),以上の理は,同様に当てはまるものと解するのが相当である。

 そうすると,普通地方公共団体が締結した支出負担行為たる契約が違法に締結されたものであるとしても,それが私法上無効ではない場合には,当該普通地方公共団体が当該契約の取消権又は解除権を有しているときや,当該契約が著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存し,かつ,当該普通地方公共団体が当該契約の相手方に事実上の働きかけを真しに行えば相手方において当該契約の解消に応ずる蓋然性が大きかったというような,客観的にみて当該普通地方公共団体が当該契約を解消することができる特殊な事情があるときでない限り,当該契約に基づく債務の履行として支出命令を行う権限を有する職員は,当該契約の是正を行う職務上の権限を有していても,違法な契約に基づいて支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負うものとはいえず,当該職員が上記債務の履行として行う支出命令がこのような財務会計法規上の義務に違反する違法なものとなることはないと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第304号同20年1月18日第二小法廷判決・民集62巻1号1頁最高裁平成21年(行ヒ)第162号同年12月17日第一小法廷判決・裁判集民事232号707頁参照)。

(2)  これを本件についてみるに,前記事実関係等の下においては,本件移転補償契約は,違法に締結されたものであるとしても,公序良俗に反し私法上無効であるとはいえず,他にこれを私法上無効とみるべき事情もうかがわれないところ,町がその取消権又は解除権を有していたとはいえず,また,町がB協議会に事実上の働きかけを真しに行えばB協議会においてその解消に応ずる蓋然性が大きかったというような,客観的にみて町がこれを解消することができる特殊な事情があったともいえないから,Aが本件移転補償契約に基づいて支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負っていたとはいえず,Aが当該契約に基づく債務の履行として行った本件支出命令がこのような財務会計法規上の義務に違反する違法なものであったということはできない。そうすると,Aは,本件支出命令につき,町に対して損害賠償責任を負うものではない。