平成21年12月17日 集民232.707

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【項目】

市が土地開発公社に対し土地の先行取得を委託する契約が,私法上無効とはいえず,また市にその取消権又は解除権があるとはいえないものの,著しく合理性を欠き,そのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合であっても,市が上記公社の取得した上記土地を上記委託契約に基づく義務の履行として買い取る売買契約を締結したことが違法とはいえないとされた事例

【要旨】

市が土地開発公社に対し土地の先行取得を委託する契約が,私法上無効とはいえず,また市にその取消権又は解除権があるとはいえないものの,著しく合理性を欠き,そのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合であっても,次の(1)(2)など判示の事情の下では,客観的にみて市が上記委託契約を解消することができる特殊な事情があったとはいえず,市が上記公社の取得した上記土地を上記委託契約に基づく義務の履行として買い取る売買契約を締結したことは,違法とはいえない

(1) 市長は公社の理事長を兼務していたものの,理事長として上記委託契約の解消の申入れに応ずることは,公社に損害を与え,職務上の義務違反が問われかねない行為である上,市は公社の設立団体の一つにすぎず,出資割合も基本財産の約14%を占めるにとどまっていたことなどから,市長が理事長として上記解消につき他の設立団体や理事の同意を取り付けることは困難が予想された

(2) 上記土地を公社に売却した者が公社との間で契約の解消に応ずる見込みが大きいとか,公社がこれを第三者に上記売買契約の代金額相当額で売却することが可能であるなどの事情は認められない

【事実関係】

本件は,市と◎地区土地開発公社との間で,土地の先行取得の委託契約を締結し,これに基づいて◎公社が取得した同土地の買取りのための売買契約を締結したところ,市の住民が,同土地は取得する必要のない土地であり,その取得価格も著しく高額であるから,上記委託契約は地方財政法等に違反して締結されたものであって,これに基づいてされた上記売買契約の締結も違法であるとして,住民が市長を被告として提起した4号訴訟である。なお本件に係る◎(地区土地開発)公社は,市がその周辺の10町と共同して公有地の拡大の推進に関する法律に基づき設立した土地開発公社であり,市の出資割合は基本財産の約14%であった。また,本件公社の定款上,理事長が運営上重要と認める事項は,12名の理事から成る理事会の議決事項とされている。時系列的には

① ●都道府県は,X年3月22日,建設大臣から…事業について都市計画事業の認可を受け,事業用地の先行取得業務を●土地開発公社に委託した。●公社は,市に対し,X+1年12月からX+2年11月にかけて,上記事業用地の取得業務を委託した

② 市は,上記委託を受けて,事業区域内の地権者との間で買収交渉を行ったが,X-1年以降に事業区域内の土地11筆を取得したAが,同人が事業区域外に取得した原判決別紙物件目録記載の15筆の本件土地も合わせて買収するのでなければ買収に応じないとの意向を示し,高額な買取額を要求するなどして交渉が難航した。そのため,市は,他方で代替地を希望していた地権者も3名いたことから,買収業務の支障を避けるためには,同人らに代替地を提供することを理由として本件土地を代替地用地として取得せざるを得ないと判断した

③ 市長(被告)は,市において本件土地を買い取ることとし,X+5年12月19日,◎公社との間で,本件土地につき代金3800万円余で先行取得することを委託する旨の本件委託契約を締結し,◎公社は,同月24日,本件土地をAから上記金額で買い取った。本件委託契約上,市は,X+11年3月末日を期限として,上記代金額に◎公社が取得費を調達するために借り入れた金員の利子相当額等を加算した金額をもって本件土地を買い取るべきものとされており,市はその借入金債務を借入先に保証していた。本件委託契約は,市長が市及び◎公社の双方を代表して締結したものであるが,上記代金額は本件土地の時価を大幅に超えるものであり,また,本件土地は代替地用地として適当な土地とはいえないものであった。なお,本件委託契約及びその内容を定める「◎公社業務方法書」において,当事者が自己都合により契約を一方的に解消することができることをうかがわせる条項は存在せず,同様の条項は,◎公社とAとの間の売買契約にも存在しなかった

④ その後,X+10年7月ころまでに前記3名の代替地希望者がその取得を希望しなくなったため,市が本件土地を代替地用地として取得する必要はなくなったが,市は,本件委託契約に土地買取義務が定められている上,前記の借入金債務を保証していたことから,買取りが遅滞すればするほど◎公社の金利がかさんで市の負担が増大するとの懸念を有していた。そこで,市は,本件公社との間で,X+11年3月18日,市が本件土地を4200万円余(◎公社による取得額に前記金利相当額を加算した金額)で買い取る本件売買契約を締結し,同月29日,◎公社にその代金を支払った。なお,本件売買契約は,当時上告人が市長と◎公社の理事長とを兼務していたため,市の助役が市長からの委任に基づき市を代表して締結したものであった

【関連判例】

(原因行為と財務会計行為等との関係)

昭和52年07月13日 民集31.4.533 (違法(憲法違反)な原因行為と財務会計行為の違法性)

昭和60年09月12日 集民145.357 (原因行為に違法性が認められなかった事例)

昭和62年05月19日 民集41.4.687 (違法に締結された随契の効力及び契約履行義務)

平成04年12月15日 民集46.9.2753 (違法な先行行為に基づく財務会計行為の違法性)

平成15年01月17日 民集57.1.1 (違法な旅行命令に対する旅費の支出)

平成20年01月18日 民集62.1.1 (土地先行取得委託契約と取得土地買取契約の関係)

平成25年03月21日 民集67.3.375 (違法な契約に基づく財務会計行為の違法性)

【判決文の抜粋】

 前記事実関係等によれば,本件公社は市とは別の法人格を有する主体であるところ,本件委託契約及びその内容を定める業務方法書において,市が自己都合により同契約を一方的に解消することができることをうかがわせる条項は存在しない。したがって,市が本件公社に事実上の働きかけを真しに行えば,本件公社において本件委託契約の解消に応ずる蓋然性が大きかったというような事情が認められない限り,客観的にみて市が本件委託契約を解消することができる特殊な事情があったということはできないものと解される。

 確かに,本件委託契約は上告人が市及び本件公社の双方を代表して締結したものであり,上告人は本件売買契約締結当時も市長と本件公社の理事長とを兼務していた。しかしながら,本件公社は公拡法に基づき設立された公共性の高い法人であるところ,仮に本件委託契約を解消して本件公社が本件土地を引き受けることとした場合には,本件公社がその取得金額と時価との差額を損害として被ることとなるのであるから,上告人が本件公社の理事長として本件委託契約解消の申入れに応ずることは,本件公社との関係では職務上の義務違反が問われかねない行為である。しかも,市は,本件公社の設立団体の一つにすぎず,出資割合も基本財産の約14%を占めるにとどまり,また,本件公社の運営上の重要事項は理事会が議決するものとされているのであるから,上告人が本件公社の理事長として上記解消につき他の設立団体や理事の同意を取り付けることは一層の困難が予想されるものというべきである。

 他方,Aが本件売買契約の解消に応ずる見込みが大きいとか,本件土地を第三者に本件売買契約の代金額相当額で売却することが可能であるなどの事情があれば,本件公社においても本件委託契約解消の申入れに応ずる蓋然性が大きいということもできるが,本件においてそのような事情が認められないことは,前記事実関係等からも明らかである。

 他に,本件公社が市からの本件委託契約解消の申入れに応ずる蓋然性が大きいと認めるに足りる事情は見いだし難い。

 このように,本件において,客観的にみて市が本件委託契約を解消することができる特殊な事情があったとはいえないのであるから,上告人は,市長として,有効な本件委託契約に基づく義務の履行として本件土地を買い取るほかはなかったのであり,本件土地を買い取ってはならないという財務会計法規上の義務を負っていたということはできない。したがって,本件売買契約が上告人に課されている財務会計法規上の義務に違反して違法に締結されたということはできないものと解するのが相当である。