平成18年04月25日 民集60.4.1841

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【項目】

監査対象の特定の程度

【要旨】

市の施行する予定の土地区画整理事業は違法であると主張し,市作成の当該年度一般会計歳入歳出決算書の抜粋等を添付して,同年度に同事業のために支出された公金を市に返還し,今後もこのような不当,違法な事業に対し公金を支出しないよう適切な措置を求める旨の住民監査請求につき,

①上記事業にかかわる公金の支出を全体として一体とみてその違法性又は不当性を判断するのを相当とする場合に当たること

②上記監査請求において返還を求めるべきであるとされた公金の支出が上記決算書の抜粋に特定の経費として記載されたものを指すことは明らかで,監査委員において各支出行為を容易に把握することができること

③上記事業を特定することにより差止めの対象となる公金支出の範囲も識別することができること

④上記監査請求の時点では事業計画の決定及び公告がされていなかったとはいえ,土地区画整理事業の都市計画決定がされて施行区域も定まり,市の事業計画(案)も縦覧に供され,施行規程も制定されるという段階に至っており,差止めの対象となる公金支出がされることが相当の確実性をもって予測されるかどうかの判断も可能であったこと

など判示の事情の下においては,上記監査請求は,請求の対象の特定に欠けるところはない

【事実関係】

① ○駅西口地区の整備事業は,従前から調査が開始され,「まちづくり委員会」発足と「都市基盤整備計画等について(具申)」提出,市による「○駅西口地区都市基盤整備に関する調査報告書」作成など,土地区画整理事業を基軸としてその構想が進展。東京都が○市に○都市計画土地区画整理事業○駅西口土地区画整理事業の都市計画についての意見照会をし,都市計画案の公告縦覧がされた上,都知事が上記土地区画整理事業の施行区域を定める○都市計画土地区画整理事業(○駅西口土地区画整理事業)の都市計画決定を告示した

② 市は,上記構想に係る事業を○都市計画事業○駅西口土地区画整理事業として施行することとし,本件事業に係る事業計画(案)を公衆の縦覧に供した。上記事業計画(案)には,土地区画整理法所定の施行地区,設計の概要,事業施行期間及び資金計画が定められていた。その後,上記事業計画(案)について利害関係人から提出された意見書を東京都都市計画審議会に付議した。また,本件事業の施行規程が市議会で可決され,市条例として公布された

③ 原告は,市監査委員に対し,市作成のX年度一般会計歳入歳出決算書の一部の写し,○駅西口区画整理反対の会作成の「○駅西口土地区画整理事業の経過」と題する書面並びに地権者作成の「○駅西口土地区画整理事業へ協力しない旨の通告書」と題する書面を添付して,住民監査請求を行った。原告が提出した監査請求書には,「この土地区画整理事業は,国民の基本的人権,財産権,生存権,生活権,環境権を定めた憲法第11条,第25条,第29条等の諸条項に違反し,都市計画の民主的な住民参加,説明責任,情報公開等の手続を定めた都市計画法第16条,17条,18条等に違反するのみならず,最少の経費の支出を求めている地方自治法第2条,及び地方財政法第4条等々の法令に違反する。よって市長の責任において,X年度に不当,違法に支出された1億…円を市に返還し,今後もこのような不当,違法な事業に対し,公金を支出しないよう適切な措置を求める。」などと記載されていた。また,添付されていた上記決算書写しの備考欄には,事業区分「○駅西口地区整備事業に要する経費」として合計「1億…(上記監査請求で返還すべきとする額と同額)」と記載され,さらに,その下に詳細内訳として区画整理課の調査等委託料や用地購入費等が記載されていた

④ 市は,上記監査請求の約6か月後,本件事業の事業計画に定める設計の概要について都知事の認可を得た上,上記事業計画の決定の公告をした。

【関連判例】

(監査対象の特定)

平成02年06月05日 民集44.4.719 (監査対象の特定程度:原則)

平成16年11月25日 民集58.8.2297 (請求人提出外資料を総合した監査対象の特定)

平成16年12月07日 集民215.869 (同11月25日判決と同旨)

【判決文の抜粋】

(1) 住民監査請求においては,その対象が特定されていること,すなわち,対象とする財務会計上の行為又は怠る事実(以下「当該行為」という。)が他の事項から区別し特定して認識することができるように個別的,具体的に摘示されていることを要する。しかし,その特定の程度としては,監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載,監査請求人が提出したその他の資料等を総合して,住民監査請求の対象が特定の当該行為であることを監査委員が認識することができる程度に摘示されているのであれば,これをもって足り,上記の程度を超えてまで当該行為を個別的,具体的に摘示することを要するものではない。また,対象となる当該行為が複数であるが,当該行為の性質,目的等に照らしこれらを一体とみてその違法性又は不当性を判断するのを相当とする場合には,対象となる当該行為とそうでない行為との識別が可能である限り,個別の当該行為を逐一摘示して特定することまでが常に要求されるものではない。そして,地方公共団体が特定の事業(計画段階であっても,具体的な計画が企画立案され,一つの特定の事業として準備が進められているものを含む。)を実施する場合に,当該事業の実施が違法又は不当であり,これにかかわる経費の支出全体が違法又は不当であるとして住民監査請求をするときは,通常,当該事業を特定することにより,これにかかわる複数の経費の支出を個別に摘示しなくても,対象となる当該行為とそうでない行為との識別は可能であるし,当該事業にかかわる経費の支出がすべて違法又は不当であるという以上,これらを一体として違法性又は不当性を判断することが可能かつ相当ということができる。また,当該行為を防止するために必要な措置を求める場合には,これに加えて,当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測されるか否かの点についての判断が可能である程度に特定されていることも必要になるが,上記のような事案においては,当該事業を特定することによって,この点を判断することも可能である場合が多い。したがって,そのような場合に,当該事業にかかわる個々の支出を一つ一つ個別具体的に摘示しなくても,住民監査請求の対象の特定が欠けることにはならないというべきである

(2) 本件監査請求において,上告人らは,本件事業自体が,基本的人権等を定める憲法の諸条項,民主的な住民参加等を定める都市計画法の諸条項,最少経費の支出を求めている地方自治法及び地方財政法の条項等に違反する不当又は違法なものであるから,その事業に関する公金の支出は不当又は違法であると主張し,本件事業に関するX年度以降の一切の公金の支出を対象として,既支出分の返還と今後の支出の差止めの措置を求めているのであって,本件事業にかかわる公金の支出を全体として一体とみてその違法性又は不当性を判断するのを相当とする場合に当たる。そして,上告人らが本件監査請求において返還を求めるべきであるとしたX年度の1億・・・円の支出が,監査請求書に添付された前記決算書(写し)に「○駅西口地区整備事業に要する経費」として記載されているものを指すことは明らかであり,対象外の支出との区別は可能である。本件監査請求において対象となる各支出行為の年月日や金額等が具体的に摘示されていなくとも,監査委員としては,当該事業を担当する○課への確認,同課からの書類提出等により本件事業に関する各支出行為を明らかにさせることによって,本件監査請求の対象である各支出行為を容易に把握することができるものというべきである。また,上記決算書における記載からも明らかなように,○市においては,既に,本件事業のための経費が,特定されて予算に計上され,決算上もそのような支出として整理されていたことがうかがわれ,本件事業の事業計画が決定され公告された後に,本件事業の位置付けや本件事業のための経費に関する予算上又は決算上の会計区分は変動するとしても,本件事業の同一性が失われるものではなく,本件事業のための経費支出の特定性が失われるとも考えられないのであって,本件事業を特定することにより差止めを求める対象となる公金の支出の範囲も識別することができるものということができる。さらに,本件監査請求の時点では土地区画整理法上の事業計画の決定及び公告がされていなかったとはいっても,土地区画整理事業の都市計画決定がされて施行区域も定まり,○市の本件事業に関する事業計画(案)も縦覧に供され,施行規程も制定されるという段階に至っている以上,本件事業及びこれに伴う公金の支出がされることが相当の確実性をもって予測されるかどうかの判断を可能とする程度の特定性もあったということができる。事業計画の正式な決定前であるため,その後に本件事業の基礎的事項に変更があり得るとしても,上告人らの主張する違法性ないし不当性の内容からして,その変更が本件事業及びこれに伴う公金の支出の適否等の判断に大きく影響するものとは考えられない。したがって,将来の公金の支出についても,住民監査請求の対象の特定として欠けるところはないということができる。そうすると,本件監査請求は,請求の対象の特定に欠けるところはないというべきである。