平成22年01月20日 民集64.1.1

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【項目】

市有地を無償で神社施設敷地としての利用に供していることに対する施設撤去・土地明渡しを請求しないことの怠る事実の違法確認訴訟において,上記土地利用は違憲であるところ,原審は,違憲性を解消するための上記以外の合理的で現実的な手段が存在するか否かについて適切に審理判断するか,当事者に対して釈明権を行使する必要があるのに,これを行わなかったとして,請求を一部容認した原審判決を破棄して差し戻した事例 【砂川政教分離(空知太神社】事件】

【要旨】

① 市が連合町内会に対し市有地を無償で神社施設の敷地としての利用に供している行為が憲法の定める政教分離原則に違反し,市長において同施設の撤去及び土地明渡しを請求しないことが違法に財産の管理を怠るものであるとして,市の住民が怠る事実の違法確認を求めている住民訴訟において,上記行為が違憲と判断される場合に,市長は違憲状態解消のため,(原告の請求の焦点である)神社施設撤去・土地明渡以外にも適切な手段があり得るというべきであり,市長には,諸般の事情を考慮に入れて,相当と認められる方法を選択する裁量権があると解される

② 本件の事情に照らし,市長において他に選択可能な合理的で現実的な手段がある場合は、市長が本件神社施設撤去・土地明渡請求という手段を講じていないことは,財産管理上直ちに違法との評価を受けるものではなく,違法とされるのは,上記のような他の手段の存在を考慮しても,なお市長が上記施設撤去・土地明渡請求をしないことが市長の財産管理上の裁量権を逸脱又は濫用するものと評価される場合に限られる

【事実関係】

市所有地に集会場が建てられ,その一角に神社の祠,鳥居,地神宮があり,神社の表示がある。神社は明治時代に地元住民が五穀豊穣を祈願して建立したものに由来し,集会場,神社関係物件の所有者はS連合町内会であるが,土地は戦後,寄附等で市有となり,当該市有地を無償でその利用に供している。神社は祭神として天照大神を祀り,初詣,春・秋祭りの祭事を行っている。初詣では御籤や御札の販売等がなされ,春・秋祭りでは宮司が派遣され,秋祭りでは幟が立ち神事が挙行される。原審は,本土地の無償提供は憲法89条,20条1項違反と判断した上で,原告は,市が市有地利用提供行為に係る使用貸借契約を解除して神社物件等の収去及び土地明渡し請求をしないことが違法であると主張するが,上記憲法違反の状態は,上記契約を解除しなくとも,神社物件を撤去させることによって是正することができるものであるから,上記契約を解除するまでの必要は認められないが,市が本件町内会に対しその撤去を請求しないことは,違法に市有地の管理を怠るものというべきである町内会に対し神社物件の撤去請求をすることを怠る事実が違法であることを確認する限度で原告の請求を認容

【判決文の抜粋】

(市有地を無償で利用に供していることは憲法違反との判断を維持した上で,次の通り判示)

第3 職権による検討

1 本件は,被上告人らが地方自治法242条の2第1項3号に基づいて提起した住民訴訟であり,被上告人らは,前記のとおり政教分離原則との関係で問題とされざるを得ない状態となっている本件各土地について,上告人(注:市長)がそのような状態を解消するため使用貸借契約を解除し,神社施設の撤去を求める措置を執らないことが財産管理上違法であると主張する。

2 本件利用提供行為の現状が違憲であることは既に述べたとおりである。しかしながら,これを違憲とする理由は,判示のような施設の下に一定の行事を行っている本件氏子集団に対し,長期にわたって無償で土地を提供していることによるものであって,このような違憲状態の解消には,神社施設を撤去し土地を明け渡す以外にも適切な手段があり得るというべきである。例えば,戦前に国公有に帰した多くの社寺境内地について戦後に行われた処分等と同様に,本件土地…の全部又は一部を譲与し,有償で譲渡し,又は適正な時価で貸し付ける等の方法によっても上記の違憲性を解消することができる。そして,上告人には,本件各土地,本件建物及び本件神社物件の現況,違憲性を解消するための措置が利用者に与える影響,関係者の意向,実行の難易等,諸般の事情を考慮に入れて,相当と認められる方法を選択する裁量権があると解される【要旨①】。本件利用提供行為に至った事情は,それが違憲であることを否定するような事情として評価することまではできないとしても,解消手段の選択においては十分に考慮されるべきであろう。本件利用提供行為が開始された経緯や本件氏子集団による本件神社物件を利用した祭事がごく平穏な態様で行われてきていること等を考慮すると,上告人において直接的な手段に訴えて直ちに本件神社物件を撤去させるべきものとすることは,神社敷地として使用することを前提に土地を借り受けている本件町内会の信頼を害するのみならず,地域住民らによって守り伝えられてきた宗教的活動を著しく困難なものにし,氏子集団の構成員の信教の自由に重大な不利益を及ぼすものとなることは自明であるといわざるを得ない。さらに,上記の他の手段のうちには,市議会の議決を要件とするものなども含まれているが,そのような議決が適法に得られる見込みの有無も考慮する必要がある。これらの事情に照らし,上告人において他に選択することのできる合理的で現実的な手段が存在する場合には,上告人が本件神社物件の撤去及び土地明渡請求という手段を講じていないことは,財産管理上直ちに違法との評価を受けるものではない。すなわち,それが違法とされるのは,上記のような他の手段の存在を考慮しても,なお上告人において上記撤去及び土地明渡請求をしないことが上告人の財産管理上の裁量権を逸脱又は濫用するものと評価される場合に限られるものと解するのが相当【要旨②】である。

3 本件において,当事者は,上記のような観点から,本件利用提供行為の違憲性を解消するための他の手段が存在するか否かに関する主張をしておらず,原審も当事者に対してそのような手段の有無に関し釈明権を行使した形跡はうかがわれない。しかし,本件利用提供行為の違憲性を解消するための他の手段があり得ることは,当事者の主張の有無にかかわらず明らかというべきである。また,原審は,本件と併行して,本件と当事者がほぼ共通する市内の別の神社(T神社)をめぐる住民訴訟を審理しており,同訴訟においては,市有地上に神社施設が存在する状態を解消するため,市が,神社敷地として無償で使用させていた市有地を町内会に譲与したことの憲法適合性が争われていたところ,第1,2審とも,それを合憲と判断し,当裁判所もそれを合憲と判断するものである(最高裁平成19年(行ツ)第334号(注:本件同日最高裁大法廷判決・民集64.1.128))。原審は,上記訴訟の審理を通じて,本件においてもそのような他の手段が存在する可能性があり,上告人がこうした手段を講ずる場合があることを職務上知っていたものである。

 そうすると,原審が上告人において本件神社物件の撤去及び土地明渡請求をすることを怠る事実を違法と判断する以上は,原審において,本件利用提供行為の違憲性を解消するための他の合理的で現実的な手段が存在するか否かについて適切に審理判断するか,当事者に対して釈明権を行使する必要があったというべきである。原審が,この点につき何ら審理判断せず,上記釈明権を行使することもないまま,上記の怠る事実を違法と判断したことには,怠る事実の適否に関する審理を尽くさなかった結果,法令の解釈適用を誤ったか,釈明権の行使を怠った違法があるものというほかない。